第三回「なんでもできる」
営業の売り言葉にありがちなもので「何でも出来る」があります。
この言葉を目の当たりにした時に受ける印象は人それぞれですが、言葉通りに何でも出来る人は殆どいません。また、仮に言葉通りに何でも出来たとしても、それが必ずしも高い品質の成果に結びつくとは限りません。
マイナスな見方を前提とすると、「何でも出来る」から受け取られる事柄は幾つかあります。
具体的な例を幾つか挙げます。
「一人で何でも出来てしまうという事は、一人で全部抱え込んでしまい、チームプレイが出来ないと思われる」
マネジメントを前提としている人が「何でも出来る」程の幅広く物事を理解しているのであれば、それぞれの立場にいる人に対して具体的な指示を出せるかも知れませんが、作業を行なう事を前提としている人が「何でも出来る」としてしまうと、作業を全部一人で抱え込んでしまう事があります。
何でも出来る人が一人で物事を進めた方が効率が良いと思われるかも知れませんが、完璧な人は居ませんし、世の中に完全なものは存在しません。人間一人に与えられている時間は1日につき24時間であり、これには例外が存在しません。また、常に100%の実力を発揮出来るとは限らず、病気にならず、事故に遭わず、心身ともに最後まで最高のパフォーマンスを維持し続けられる保証はどこにもありません。
リスク管理の面で考えても、一人の人間にすべての作業を任せてしまう事は適切ではなく、何人かの人に作業を分担したり、誰かが予定通りに進捗出来なかったとしても他の人がフォロー出来るようにしなければなりません。
「『何でも出来る』は、あくまでも当人の視野で見えている限りの『何でも』に過ぎない」
システム開発において必要な作業は、顧客とのヒアリングと要件定義、仕様策定、コンペやプレゼン、受発注に係る契約処理、開発体制の整備、実際の開発作業、各種テスト、完成図書の作成、納品、スキルトランスファ、検収処理、請求行為‥‥等が挙げられます。これらを含めて「何でも出来る」と本当に言っているのか、言葉を出す前に考える必要があります。
営業とエンジニアとマネージャーと総務と経理と法務とデザイナーのそれぞれの業務をすべて実務レベルで完璧にこなせるのであれば、若しかしたら、システム開発においては「何でも出来る」と言えるのかも知れません。しかし、そこまでの能力を持つ人は決して多くはないと言えますし、探して簡単に見つけられるような人材ではありません。
また、仮にそれが出来たとしても、あくまでも「システム開発においては」という前提条件が付与されます。世の中の仕事はシステム開発だけではなく、それ以外にも沢山の仕事があります。それらを含めて「何でも出来る」とは到底言えるものではなく、また、知らないものを「出来る」とは言えないものです。
「何でも出来るは、何にも出来ない」
言葉の意味としては「何でも出来ます」というのは受身に取られるものであり、換言すると自ら提案する事が出来ないというものになります。
自分の事を正しく理解し、自分の長所を前面に押し出す事を前提とするのであれば、「何でも出来ます」ではなく「私はこれが出来ます」という物言いとなり、それを活かしたものを売り込むという話になります。
幾つかの例を挙げてきましたが、言葉ひとつ取り上げても、そこから考察される事は多々あります。自身の事を知らなければ自分の事を語る事は出来ず、自身の職分を知らなければ自分の仕事を語る事は出来ません。
無責任な発言は時として命取りになりますから、ビジネスの場ではどうとでも解釈出来るような事は言えません。そして、その辺りに気を配れるかどうかで実力を測られるとするならば、たかだかひとつの言葉と言っても奥が深いものだと思えます。
自分が出来る事と出来ない事を正しく理解し、その上でどのような立ち居振る舞いをするかは、多分、システム開発に限らず、どのような仕事においても同じだと考えられるでしょう。
(2010年11月12日掲載)
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この言葉を目の当たりにした時に受ける印象は人それぞれですが、言葉通りに何でも出来る人は殆どいません。また、仮に言葉通りに何でも出来たとしても、それが必ずしも高い品質の成果に結びつくとは限りません。
マイナスな見方を前提とすると、「何でも出来る」から受け取られる事柄は幾つかあります。
具体的な例を幾つか挙げます。
「一人で何でも出来てしまうという事は、一人で全部抱え込んでしまい、チームプレイが出来ないと思われる」
マネジメントを前提としている人が「何でも出来る」程の幅広く物事を理解しているのであれば、それぞれの立場にいる人に対して具体的な指示を出せるかも知れませんが、作業を行なう事を前提としている人が「何でも出来る」としてしまうと、作業を全部一人で抱え込んでしまう事があります。
何でも出来る人が一人で物事を進めた方が効率が良いと思われるかも知れませんが、完璧な人は居ませんし、世の中に完全なものは存在しません。人間一人に与えられている時間は1日につき24時間であり、これには例外が存在しません。また、常に100%の実力を発揮出来るとは限らず、病気にならず、事故に遭わず、心身ともに最後まで最高のパフォーマンスを維持し続けられる保証はどこにもありません。
リスク管理の面で考えても、一人の人間にすべての作業を任せてしまう事は適切ではなく、何人かの人に作業を分担したり、誰かが予定通りに進捗出来なかったとしても他の人がフォロー出来るようにしなければなりません。
「『何でも出来る』は、あくまでも当人の視野で見えている限りの『何でも』に過ぎない」
システム開発において必要な作業は、顧客とのヒアリングと要件定義、仕様策定、コンペやプレゼン、受発注に係る契約処理、開発体制の整備、実際の開発作業、各種テスト、完成図書の作成、納品、スキルトランスファ、検収処理、請求行為‥‥等が挙げられます。これらを含めて「何でも出来る」と本当に言っているのか、言葉を出す前に考える必要があります。
営業とエンジニアとマネージャーと総務と経理と法務とデザイナーのそれぞれの業務をすべて実務レベルで完璧にこなせるのであれば、若しかしたら、システム開発においては「何でも出来る」と言えるのかも知れません。しかし、そこまでの能力を持つ人は決して多くはないと言えますし、探して簡単に見つけられるような人材ではありません。
また、仮にそれが出来たとしても、あくまでも「システム開発においては」という前提条件が付与されます。世の中の仕事はシステム開発だけではなく、それ以外にも沢山の仕事があります。それらを含めて「何でも出来る」とは到底言えるものではなく、また、知らないものを「出来る」とは言えないものです。
「何でも出来るは、何にも出来ない」
言葉の意味としては「何でも出来ます」というのは受身に取られるものであり、換言すると自ら提案する事が出来ないというものになります。
自分の事を正しく理解し、自分の長所を前面に押し出す事を前提とするのであれば、「何でも出来ます」ではなく「私はこれが出来ます」という物言いとなり、それを活かしたものを売り込むという話になります。
幾つかの例を挙げてきましたが、言葉ひとつ取り上げても、そこから考察される事は多々あります。自身の事を知らなければ自分の事を語る事は出来ず、自身の職分を知らなければ自分の仕事を語る事は出来ません。
無責任な発言は時として命取りになりますから、ビジネスの場ではどうとでも解釈出来るような事は言えません。そして、その辺りに気を配れるかどうかで実力を測られるとするならば、たかだかひとつの言葉と言っても奥が深いものだと思えます。
自分が出来る事と出来ない事を正しく理解し、その上でどのような立ち居振る舞いをするかは、多分、システム開発に限らず、どのような仕事においても同じだと考えられるでしょう。
(2010年11月12日掲載)
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